セラピストにむけた情報発信



開口部へのリーチング動作に見られるアフォーダンス知覚
:Ishak et al. 2008 part.1




2012年3月14日

論文や本は,一度読んだ後でしばらくしてから再び手に取ってみると,当時は気づかなかった内容に気付くことができ,新たな形で光り輝く場合があります.本日ご紹介する論文は,私にとってそうした論文であります.

Ishak S et al. Perceiving affordances for fitting through apertures. J Exp Psychol: Hum Percept Perform 34, 1501-1504, 2008

この研究で扱っているのは,上肢動作における隙間通過の問題です.日常生活で例えますと,瓶の中に手をいれたり,洗濯層に手を入れて洗濯物をとったりする動作をさしています.

移動行動時における隙間通過の問題を扱っている私にとってみれば,この論文は関連性の高い論文です.移動行動の場面で明らかにしてきた現象が,上肢動作においてどの程度当てはまるのか,という視点で論文を読むことになります.

実験対象者は健常成人でした.実験では椅子に座る参加者の目線の高さに,専用の装置を使ってダイヤモンド形の開口部が呈示されました.参加者の課題は,開口部を形作る装置に触れてしまうことなく,その先にあるアメやお菓子をつかむというものでした.

開口部の大きさは様々であり,中には絶対に手が入らないサイズのものもありました.参加者は,手の大きさギリギリの開口部に対しては,手の形をできるだけ小さくしてつかむこと,また明らかに手が入らない開口部に対しては,“つかめない”と口頭で回答することが求められました.

3つの実験で著者らが明らかにしたことは,参加者内における判断の一貫性です.

全体として,各参加者は同じサイズの開口部に対しては,ほぼ同じ反応を示しました.ある参加者は,6㎝の開口部に対しては一貫してつかみ動作をするのに対して,5.8㎝の開口部に対しては一貫して“つかまない”と回答しました.すなわちこの参加者の場合,0.2㎝の精度でそうした判断がなされているといえます.

この課題を非利き手で行わせた場合や,手にコルセットのようなものをつけてサイズを大きくしても,参加者の判断の一貫性は保たれました.つまり開口部に対するリーチング動作に関わる知覚判断は,その動作に習熟した身体特性(すなわち右手)においてのみ有効なのではなく,ある程度汎用化できることを示しています.

ご注意いただきたいのは,ここでいう一貫性とは“参加者内”の一貫性であり,“参加者間”では比較的大きなばらつきがありました.つまり,手が通り抜けられる開口部のサイズについて,手サイズの何倍といった共通ルールは必ずしも厳密には存在しないということです.またアメをつかむための手の動きについても,参加者間で多様な動作が見られました.手の形をできるだけ小さくするという暗黙の課題に対する対処方法には多様性があるということを意味しています.

だいぶ長くなりましたので,続きは次回にいたします.


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